全く頭に入らない英語劇のセリフが役になり切ったらスルスル入っていった話

「あー、全然覚えらんねぇ!」

僕は叫んだ。右手には英語劇の台本を抱え、左手は頭を掻きむしりながら、部屋をうろついている。英語劇に出ることにし、配役が決まり、さあセリフを覚えようと思ったのだが、全然覚えられない。どうでもいいことはいつまでも覚えているくせに、肝心なことはさっぱり覚えられないのだ。

 

英語劇の演出家の先生は、「セリフを1つ1つ覚えるより、まずは全体の流れをつかむといい」とアドバイスをくれた。何となく、全体の流れはつかんだ。しかしだ。セリフが出てこない。なぜなら、セリフが英語だから。これが日本語のセリフであれば、多少の語順や単語が入れ替わっても、話の筋が脱線するというようなことはなく、伝えることはできる。アドリブもできるということだ。しかし、英語はそうはいかない。なぜなら、台本以外の単語、語順で本当に伝えたいことが伝わるかは、いまの僕の英語力では分からないからだ。ということは、セリフをきっちりと覚えていなければ、もしかしたら話の筋が通らなくなってしまうこともあるかもしれない。

 

以前、海外スピーカーのセミナーのサポートをしているとき、英語のワークブックを日本語に翻訳する作業をしたことがある。この作業で一番大事だったのは、スピーカーの伝えたい意図が読み手に伝わるかどうか。英語を日本語へと直訳すると、その意図が全く変わってしまうことが往々にしてあるのだ。例えば、質問。セミナーのテキストには、参加者に気づきを与える質問がある。この質問というのは、スピーカーが参加者からどんな答えを引き出したいか、というハッキリとした意図を持って作っている。この質問をそのまま日本語に直訳すると、スピーカーが引き出したい答えとは全く異なる答えを参加者から出てしまうのだ。そのため、スピーカーが引き出したい答えが出るように日本語訳していくことが大切であり、これをしないとセミナー全体の一貫性を失ってしまう。

そういったこともあり、英語劇の一貫性を崩さないようにするため、まずはセリフをパーフェクトに覚えるようにした。しかしだ、ストーリーは頭に入っても、英語がなかなか入ってこないのである。

 

英語劇は、『幸せな王子』という演目で、僕の役は王子。この王子っていうのがなかなかの曲者で、なにしろこの王子は生きていない。銅像の王子なのだ。つまり、無生物。台の上に立ち、つばめと会話する。あちこち歩きまわったり、オーバーリアクションをとったりすることもなく、台の上にドッシリと立ち続け、最低限の動作と表情、話す口調で王子の意思やらなんやらを伝えなければいけないのだ。普段の僕は、ハッキリ言って落ち着きがない。セミナーをするときも、会場中を歩き回りながら講義をする。プライベートでは、自然の中で焚き火に興奮し、岩の上から水の中に思いっきりジャンプする。小学生の頃には、通信簿に「落ち着きがない」と書かれ、母親にめっちゃ怒られた。そんな僕に、台の上に立って、あまり動くなという。ハッキリ言って、苦行だ。

 

そんなことを考えていると、なぜセリフが暗記できないかが分かった。感情が動かないのだ。記憶をするときに、感情に結び付ける有効性はよく知られているが、そう、僕は無感情で王子のセリフを覚えようとしていたのだ。体を動かせば感情が湧きやすくなるのだが、先にも書いた通り、僕は銅像の王子である。ほぼ動かない。体を激しく動かして感情を沸かせるアプローチをとることはできない。では、どうしたら良いか?僕は、その答えを知っていることを思い出した。

その答えは、意識の向け方を変えるアプローチだ。僕は、王子が何を考えそこに立っているかを考えてみた。その王子は、どこに意識を向け、立っているのか?どれくらいの高さの台の上に立ち、目線がどこにあるのか、などを台本の中から推測。すると、何となく町の様子が頭の中にイメージができるようになってきたのだ。その町を見て、王子は何を考え、何をしたいのかを読み解いてみる。うん、何となくわかってきた。ということで、王子になりきって立ってみた。うん、なんだかこれまでと違う。明らかにステートが変わり、感情が沸き上がってきた。声に出して、台本を読んでみる。これまでとは、声の雰囲気が異なる。何となく王子っぽくなってきたぞ。

 

それから、劇の練習をするときは王子のステート(状態)を作ってから、取り掛かるようにしてきた。するとだ、セリフもスッと覚えられるようになってきたのだ。発音が慣れないため、言葉を噛むことはある。しかし、王子としてのセリフが頭に入ってくるようになり、思い出し思い出しではあるものの、台本いらずになってきた。こうして、何とか一通りのセリフを覚えることはできた。このセリフはまだ血肉となっていないので、それはこれからの課題ではあるが、王子のステートを作りこんでいけば、何とかなるだろう。どんなことも、まずはステートを作って取り組む。その重要性を改めて実感した。

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