『顔を潰さない』というコミュニケーション

「わたしはあなたに顔を潰されたのよ!!」

目の前にいる女性が僕に激怒している。僕は、仕事で大きなミスをしたのだ。その仕事は、これまで別の人が担当していた。そして、これまでも何度かミスがあり、仕事を依頼しているクライアントからは何度もお叱りがあったのだ。クライアントからの信頼は落ちている。それを何とか回復すべく、後任したのが僕だった。

 

その業務は、クライアントにとあるデータを精査して、納品する必要があった。この納品データがまた厄介で、1つでも間違っているとクライアント先の顧客管理データベースにエラーが出る。僕の前任者は、この納品データの精査が不十分なまま納品をし、エラーが起き、クライアントから激怒され、さらにクライアントの会社にまで呼び出されていたのである。なので、わが会社としては、これ以上のミスは許されない状況。納品前に上司や営業担当が僕の席まで、

「今回は大丈夫ですよね?」

と様子を見に来る。それだけ重要な業務であり、僕への期待も大きかった。なので、僕もミスがないように注意を払った……つもりだった。結果、僕の納品したデータはエラーを引き起こし、クライアントから上司たちは呼び出されることになった。

そして、僕は上司に出される。

「あなた、今回の業務を甘く見てたでしょ!だから、こんなことになるのよ!わたしは、あなたに顔を潰されたのよ!」

部署のナンバー2である女性の上司から激しい怒りが飛んでくる。僕は、謝ることしかできない。言い訳もできなかった。なぜなら、僕はどこかで自分を過信し、業務を甘く見ていたのだ。周りの人の心配も業務の重要性も全く理解できていなかった。僕は、傲慢だったのだ。そしてその時、人の顔を潰すということがどういうことなのかを知った。

 

幸いなことに、上司は僕に汚名返上の機会をくれた。同じミスを繰り返さないように、これでもかというほど細かいチェック項目を設け、チェック作業を3名でやることにした。僕のせいで、誰かの顔を潰すことになるのは何としてでも避けたかった。徹底的にデータを精査し、2回目の納品。クライアントから電話がかかってこないか、心配で気が気でならない。お昼休憩の時も、もしかしたらクライアントから電話があったんじゃないか、と心が全く休まらない。しかし、その日は結局、何の連絡もなく業務を終えた。納品データにミスがなかったのだ。

翌日、僕の所へ上司がやってきた。

「今回の納品は大丈夫だったみたいだね。ありがとう。お疲れ様」

その言葉を聞いて、僕はホッと肩を撫で下ろした。上司の顔を潰して、惨めな思いをさせることをしなくて済んだ安心のため息だった。

 

それから数年後、僕は起業し、11年が経った。この11年間、僕が意識しているのは、「顔を潰さない」ということだ。起業すると色々な人に関わる。その一人ひとりの顔を潰さないように心がけてきた。というのも、顔を潰すというのは信頼を失うからだ。信頼を失うというのは、ビジネスはもとより人間関係において致命的。納品データの精査ミスで僕が実感したことだ。だから、起業してからはなおさら、僕の仕事で誰かの顔を潰すことがないよう、それによって惨めな思いにならないように心がけてきた。そのおかげで、11年間、今の仕事をし続けることができたのではないかと感じている。

 

「顔を潰さない」という心がけは、信頼構築だけでなく、ほかの要素にも大きく影響を与えた。それは、成長の速度だ。僕の仕事は、経営者やエグゼクティブ、富裕層、インフルエンサーなど地位があり著名な人を相手にする場合がおおい。その時に、顔を潰さない心がけは非常に役に立った。彼らの基準はものすごく高い。その基準に僕が達しなければ、彼らの顔は潰れてしまうのである。

「えっ、あんなレベルの低いセミナーに参加してるんですか?」
「そんな低次元の内容に、お金払ってるんですか?」
「そんな古い情報を学びに行ったんですか?」
「騙されてるんじゃないですか?」

そのようなことを彼らが周りから言われるということだけは避けたかった。僕の未熟さ、僕の甘さで彼らがイヤな気分になったり、惨めな思いをするのだけは避けたかった。だから、僕は勉強した。実践し経験を積み、コンテンツを磨いた。自分の基準がどんどん高まっていくのが分かった。「顔を潰したくない」その想いが僕をドンドンと成長させていったのだ。

 

顔を潰さない。これは、コミュニケーションにおいてとても大切な心構えのように感じる。これまでの実感だが、これは相手のことを理解しないとなかなかに難しい。相手が何を求め、何を大切にしているか。これをまず知り、それを守る。そんな行為のように感じる。だから難しい。しかし、大切なものを守ってくれる人への信頼は多大なものだろう。相手の顔を潰さないという相手の想いが信頼ある人間関係を作っていく。そして、信頼するに値する人間へと成長する。そんな実感がある。顔を潰さない、これからも意識していきたい。

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