困ったときに「助けてください!」と言える勇気

「どこかに金落っこちてねぇかな……」

僕は道を歩きながら、目を血走らせて落ちているお金を探している。今から、10年ほど前の僕は、お金が落ちているというラッキーを期待するほど、お金がなかったのだ。その時の僕は、経済的の破綻していた。僕には借金があったのだ。

その1年ほど前にセミナー講師として起業するために、前職をやめた。はじめのうちは講師業で食べていけないと思い、派遣社員で働きながら活動。しかし、1年後には派遣契約が切れた。次の派遣先を紹介されたが、「そろそろ自分でお金を稼ごう」と意気込み、勤め人をやめた。自分の力で稼ぐ、というと聞こえは良い。しかし当時の僕は、ビジネスの作り方、お金の稼ぎ方の初歩的なことも全く分からず、ほとんど稼ぐことはできなかった。実力が伴わないのに、カッコいい言葉を並べ立て、自分の言葉に酔いしれる。そんな傲慢な人間だった。

 

前職を辞めたときに住んでいる部屋も引っ越した。山手線沿いの1K風呂トイレ別ロフト付き。家賃8万7千円の部屋だ。とあるセミナーで聞いた「高い部屋に住んでセルフイメージを高めたほうがいい」という言葉を真に受け、収入に相応しくない部屋に引っ越したのだ。冷静に考えたら、その部屋に住まなくてもセルフイメージを高めることができる。しかし、当時の僕は住んでいる部屋で自分のセルフイメージが高まり、それに応じて成功者になるのではないかと錯覚をしていたのだ。だから、高い家賃は自己投資だと考えていた。ところがそれは、僕にとっては投資ではなく、僕のセルフイメージを引き下げる足枷になっていった。

その頃の僕は、セミナー依存症だった。セミナーに参加すれば人生が変わると思っていた。もちろんそんなわけない。自分の人生を変えたいのであれば、自分で動く以外ないのだ。以前、僕のメンターから、

「セミナーに参加するなら、参加費をいつ回収するのかキチンと考えないといけないよ」

とアドバイスを受けていた。にも拘わらず、そんなことをスッカリ忘れて、自己投資という名のもとにセミナーにお金を注ぎ続けた。セミナー後は、気持ちが高まっているから行動をする。しかし、一時的で継続しない。成果が出ない。また、セミナーに参加する。そんなことを繰り返していた。クレジットカードもキャッシングも限度額がいっぱいになった。派遣社員では支払いがギリギリ。税金や携帯料金の支払いも滞るようになった。督促の電話が毎日かかってくる。督促状が毎日、家に届く。誰がどう見ても破綻している。しかし僕は、その状態を甘く見て、「自分でお金を稼ぐ」などと粋がった。その実力もないくせに。

当然ながら、それからの生活はドンドンと悪化していった。相変わらず届く督促。のしかかる高い家賃。講師業でお金を作り出せない自分。収入より支出が圧倒的に多い生活が続く。少しでもお金になればと身の回りの物をひたすら売りまくった。しかし、そんなのは微々たるもの。何の解決にもならない。紹介された派遣の仕事を断ったことを後悔した。もう一度、派遣の登録をしようとも考えたが、自分の無能さを証明するようで、変なプライドが邪魔をし、それを許すことができなかった。自体はドンドンと深刻になっていく。

 

貧すれば鈍する。その言葉の通り、お金が無くなっていくにつれ、僕の精神状態はどんどんとネガティブに暗くなっていった。いつも考えるのは、お金のことばかり。それも、楽しむためのお金ではなく、返すためのお金について考えている。毎日が楽しくない。セルフイメージが高まるはずの部屋に住んでも、自分が感じているのは無能な自分、ふがいない自分だ。自販機のお釣り口に自然と目が行く。指を入れ確認する。なんてみっともない行為だ。心が荒んでいるのが自分でもわかる。やがて、邪心も芽生えてくる。お金を持っている子どもや老人からお金を奪おうか? そんなことまで考えてしまった。人として最低である。理性でそのような愚かな行為をせずに済んだが、精神的にそこまで追い詰められていった。

 

ある時、友人から電話がかかってきた。僕のSNSの投稿に不自然さを感じて、心配して電話をかけてきてくれたのだ。僕の現状を話すと彼は電話越しに怒鳴った。

「何、カッコつけてんの!! カッコつけてる場合じゃないでしょ!!」

本当は僕も分かっていた。自分がカッコつけてるって。そんな場合じゃないって。カッコつけるのをやめたら、解決策は見つかるかもって。でも、意地になってそれが出来なかった。でも、友人が怒鳴ってくれたおかげでカッコつけるのをやめることにした。本当に心配してくれる友人をこれ以上、心配かけさせるわけにはいかない。そう思った。僕は自分の無能さ、実力のなさを受け止め、助けてもらうべく親に電話をかけた。

30歳を過ぎて、親に家賃を負担してもらうなんて、ほんと情けない。そう思い、それまでは頼ることをしなかった。しかし、そんなことは言っていられなかった。生活を立て直すべく、履歴書を書き、仕事を探し始めた。すると、その後の人生を変える仕事に就くことができ、生活を立て直すことができた。その間にビジネスについて学びなおし、講師としての実績も積んでいった。カッコつけるのをやめたら、なんだか人生がうまく生き始めたのだ。

 

こうした経験で分かったことがある。本当に困った時、困っているから助けて、と言うのは勇気であると。特に男性は、本当に困っているときに自分で何とか解決しようとして、「助けてください」「協力してください」が言えない。なぜなら、自分が無能だと証明しているようなものだし、それによって自分の価値が下がったと感じるからだ。自己重要感も損なわれる気もする。でも、自分が無能である、実力不足だ、と認めるのは勇気のある証拠だし、素直に「助けてください」と言えるのは勇気ある行為のように僕は感じる。変なプライドで「助けてください」と助けを求めないのは、事態を悪化させることもあるし、周りの人に余計な心配をかけてしまうことになりかねない。自分のためにも、周りの人のためにも、困った時には困ったと、助けてもらい時には助けてほしいと言える勇気を持ちたい。カッコつける必要はない。自分の弱さを認め、助けを求める。その勇気を持つ者に女神はほほ笑むのではないか? 僕はそう思うんだ。

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