僕が父親と親友になった日

手が震えている。これから、ある人に電話をかけるのだが、携帯電話を持つ手が震え、うまく操作ができない。怖い。電話をかけることが今の自分には必要だと頭では分かっているものの、得体のしれない怖さが発信を妨げる。発信内容は、何かをへまをやらかして謝罪するとか、そういった類のものではない。「サシで飲みに行こうぜ!」っていうだけ。にも拘わらず、なかなか電話が掛けられない。というのも、飲みに誘う相手が父親だからだ。

僕は、父親とサシで飲みに行こうとしている。その理由は、僕と父親との関係を修復するためだ。修復といっても父親との仲が悪いわけではない。特に喧嘩をしているわけでも、勘当されているわけでもない。親子関係に問題があるわけでもない。問題は確かにない。しかし、理想の親子関係かというと、そういうわけではない。当たり障りのない、無難な関係性なのだ。お互いを気遣っているようで、どこか遠慮がちに敬遠している。コミュニケーションも薄い。それでも確かに問題はないのだが、心の分離感というのは感じる。だから、理想の親子関係になるべく、サシで飲みに行こうとしているのだ。

 

僕は、これまでコーチングや心理学を学び、自分の現状がうまくいかない原因を探っていった。すると必ずと言っていいほど、父親との関係性に行きつくのだ。僕の幼少期は、両親が共働きであまり父親に遊んでもらった記憶がない。褒められた記憶もほとんどない。実際には、あるのかもしれないがその記憶は非常に薄い。幼少期からずっと、父親に認められたくてしょうがなかった。愛されたくてしょうがなかったのだ。その満たされない心が、僕が望んでいない現実を創り出していることに気が付いた。そして、父親との関係性の修復が、僕の現実を好転させるカギであると改めて実感したのだ。

その少し前、『鏡の法則』という本を僕は読んだ。この本には、父親との関係性を修復することで、望まない現実が好転していくストーリーが描かれている。この本によって、父親との関係性が目の前の現実に大きく影響していることを知ったのだが、その時は、行動しようとまでは思わなかった。しかし、自分と向き合い続けてからは、父親との関係性の修復は、絶対に必要だと感じるようになった。そうしなければ、いつまでも僕は苦しむことになる。そう感じたのだ。僕のメンターであるピーター・セージや僕の友人たちも、父親との関係性を修復し、みんな人生を好転させたのを知っている。だから、僕もそれに続こうと。一対一で本音で話をし、理想の親子関係を築こう。そう思った。しかし、得体のしれない恐怖が僕を襲う。とてつもなく怖いのだ。

 

一対一で話す勇気がなかった僕は、まずは父親に手紙を書いた。感謝の手紙である。父親に手紙を書くことは初めてだったから、とても緊張しながら手紙を郵便ポストに入れたのを覚えている。投函した翌日、母親から電話があった。手紙を読んで父親が喜んでいたとの報告の電話だ。僕も嬉しかった。少し何かが変わる気がした。しかし、それほど人生が好転してはなかった。やはり僕の中に満たされない心があるのだ。そこで、僕はいよいよ父親とサシで飲みに行くことを決めた。もう逃げることをせず、真正面から向き合うことにした。怖い。でもこれは、自分の人生を向き合うことだと思った。父親と腹を割って本音で話そう! 理想の親子関係を築こう! そう心に決め、震える手で父親の携帯に電話をかけた。

 

その10日後、僕は父親と本音で語り合い、親友の関係になった。その様子は、当時のミクシィの日記に書いたので、その時の想いをそのまま伝えるため、記事を転載することにする。

昨日は父親と食事に行ったのです。

 

目的は父親とのギクシャクした関係を修復すること。

とは言っても、「ギクシャクしている」と感じているのは俺の方なのだけど、一度腹を割って話したかったのです。

 

自分の内面を見つめていると、どうしても父親との関係が無意識のうちに心のブレーキになっていて、自分の為にキチンと父親と向き合う必要があった。

 

昨日の夕方、俺の地元の駅で待ち合わせして、近くの居酒屋へ。

他愛無い話をした後、いよいよ本題へ。

結果だけを言うと

「俺は英臣と美穂(妹)の事は100%信用している。何も心配をしていない。お前なら絶対出来るから、やりたいことをやりなさい」
「俺はお前を愛しているし、大好きだよ」
「お前は俺にとって自慢の息子だ」
「お前たちには感謝している、ありがとう」

そんな言葉が親父の口から出てきた。

お酒の力もあっていつも以上に速いペースで酒を飲んでいたこともあるけど、親父も今までに俺に話さなかった辛かった過去の経験や自分の思いを伝えてくれた。

 

今まで俺は、俺が自分勝手に作り上げた父親のイメージと接してきたのだということを感じた。

でも、やっぱり父親も母親も人間だね。

楽しいこともあるけど、当然、辛いことやさびしい事もある。

やはり親子だとそういうのは特に父親は見せないかもしれないけど、

「お前は友達だと思っているから、言うけど・・・」

って言って、自分の心のうちを吐き出してくれたのは嬉しかったなぁ。

 

俺の両親は戦時中に生まれ、戦後の混乱と高度経済成長をリアルに生きてきた人。

食べ物もままならないような生活をしていた両親にとっては、

物質的な豊かさ = 幸せ

だったんだ。

でも、俺が生まれた時は、物質的に豊かな時代。

核家族化が進み、物質的に豊かでも心に隙間があって幸せを感じていない時代。

その時代に生きた人による信念のすれ違いによって、少しずつ溝が出来てきたんだな。

でも、今回その溝が全て埋められて、広い平原となり、友人として一緒に人生を楽しめる関係になったのは、この上ない喜びだね。

ほんと、会うまでは緊張してたし、楽しみや不安が入り混じった混沌とした感情が
渦巻いていたけど、ほんの少し勇気を出してよかったと思う。

 

親父の前で泣いたのなんか小学生以来だし、親父の涙は見たことあったかな?

それだけ、腹を割って話せた最高の時間で、最後に

「俺を生んでありがとう。」

と言って分かれて帰ってきた。

今回、親父と会うことで何回か日記を書きました。

コメントくれたり、リアルの場で相談に乗ってくれたり、直接応援メッセージをくれた人もいます。

そして、影で見守ってくれた方もいるでしょう。

みんなのおかげで父親との関係は最高のものになりました。

いつもありがとう!!

そして、これからもよろしくネ。

 

こうして僕は、父親と親友の関係になった。父親というイメージと付き合うのではなく、人間そのものと付き合えるようになった。心も満たされていった。何をしても大丈夫だという確信がその時から大きくなり、色んなことにチャレンジできるようになった。このイベントがなければ、自転車で日本一周とかできなかったし、新世界を創るなんてことも言えなかっただろう。飲みに誘うのは本当に怖かった。本当に本当に怖かった。この怖さに比べたら、日本一周とかセールスで断られるなんて楽勝すぎる。それくらい怖かったが、勇気を絞ってアクションして本当に良かった。僕の心が満たされただけでなく、父親も言いたいことが言えて、心のトゲが抜けたようだ。理想の親子関係を求めて本当に良かった。心からそう思う。

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