あぁ、漫画がどうしても処分できない

「あぁ、処分できない……」

僕は、本棚を見つめながら呟いた。目の前には、漫画ワンピースの単行本70冊ほどがズラッと並んでいる。断捨離をしようと本棚に向かったのだが、いきなり最大の壁にぶち当たった。漫画ワンピースを処分することに心が抵抗するのだ。では、他の漫画から、と思うものの気が進まない。すべての漫画が処分できないのだ。

 

僕は、小さい時から漫画が好きだった。小学生に上がる頃、当時人気だったドラえもんやDrスランプを読みはじめ、叔父さんからもらった横山光輝の伊賀の影丸や白戸三平のワタリなどの忍者漫画も小学2年生で既にクリア。その後、キン肉マン、北斗の拳、ドラゴンボールといった有名どころは押さえつつ、小学校高学年になると手塚治虫の火の鳥やアドルフに告ぐに没頭。特に火の鳥が好きすぎて、輪廻転生を作文のテーマに選ぶほど、漫画が好きで影響を受けた少年だった。

マンガ好きは大人になっても変わらない。本屋に行ってまず立ち寄るのは漫画コーナー。気になる漫画は、とりあえず買ってみる。だから、どんどん本棚が埋まり、本棚が足りなくなるのだ。起業してからも、漫画好きは変わらなかった。もちろん、漫画だけではなく、ビジネス書や自己啓発書、心理学などの専門書も読む。しかしだ。ビジネスがうまくいかず、小銭を稼ごうと本を処分するのだが、漫画が処分されるのは最後。お金を稼ぐためのビジネス書は処分できても、漫画は最後まで売れなかったのだ。

 

ビジネスがしたいからビジネス書を買った。うまくいかない。お金が足りなくなった。小銭を稼ぐためにビジネス書を売る。傍から見たら、狂気の沙汰しか思えない。が、これが僕の当たり前だった。漫画が何よりも大切、そんな価値観で生きてきたのだ。だから、目の前にあるワンピースを処分することに激しい抵抗を感じている。これを処分することは、これまでの僕の過去を捨ててしまうのではないかという寂しい気持ちにさせる。ここまで集めたという僕の成果を壊してしまうという恐怖も少なからずある。そう、本を失うのではなく、心の中にある何かが失われるような気がして、それが怖いのだ。

しかし、僕は今、その恐怖を乗り越え、全ての漫画を処分しようと決めた。これまで集めてきた漫画数百冊をすべて処分することにしたのだ。なぜか? それは、漫画が可哀そうだからだ。

 

漫画は、読まれて楽しんで貰うために生まれた。それが、漫画の使命なのだ。ところが僕は、その使命を果たさせてあげられていない。何年間も段ボールに閉じ込められ、存在すら忘れられている漫画さえある。もしこれが人間だったとしたらどうだろう? 自分の役割を果たすこともできず、暗い部屋に監禁される気持ちは? 僕は、漫画も人間と同じで使命を全うしたいという気持ちがあるのではないかと感じたのだ。漫画もいつ読まれるか分からない人間のもとにいるよりも、楽しく読んでくれる人のもとに行ったほうが幸せだろう。だから僕は、漫画への執着を捨て、全てを処分することにしたのだ。

 

それから僕は数週間かけて全ての漫画を処分した。ついでにCDもDVDもすべて処分した。「これは大切だから、処分できない」と感じていたものをすべて処分した。大きな本棚が2つ空になり、本棚も処分。だいぶ部屋がすっきりした。それだけでなく、「次の発売日いつだっけ?」のような余計なことで頭を悩ませることが無くなった。漫画を処分することで何か大切なものを失うのではないかという恐怖は、完全に幻想だった。実際に処分してみると、なんてことない。いつもと変わらない日常を送っている。今思うと、以前の僕は、漫画をたくさん所有することが幸せだ、と信じていた。しかし、その信念は完全に崩れ去った。

以前、自転車で日本一周した時に気が付いたことがある。人が生きるために必要なものは、たかだか自転車に乗せられる分だけであると。僕の自転車には、テントや寝袋、着替え、調理器具、食材などが積んであったが、全部合わせても40キロくらいの量。それだけあれば人は生きていける。それ以外は、余剰だ。それが、自転車の旅で分かった。そこに気づいていたはずなのに、日常に戻るとモノに溢れることが幸せだという幻想に取りつかれ、モノを失う恐怖におびえてしまっていたのだ。しかも、それはモノが持つ使命を奪っていたのだ。

 

モノを所有するというのは、決して悪いことではないと思う。しかし、使わないものを所有しておくというのは、あまり健全ではないような気がする。使命を果たせないモノが増えるとエネルギーのめぐりが悪くなるような気がするのだ。人もモノも使命を全うすることは幸せなことだろう。きっとモノに対しても使命を奪うような行為は、きっと自分に跳ね返り、使命が全うできない人生になるだろう。モノの持つ使命をも全うさせる、それは美しい生き方の一つではないかと思うんだ。

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